10年前に僕は「MacのCPUがARMになる」事はない、と考えていた

2012年に僕はMacのCPUをARMに変える理由は無いと考えていたが、しかし2020年にM1 Macが出た。僕は何を見落としていたのか。

Bloomberg の記事

2012年11月に Bloomberg が “Apple Said to Be Exploring Switch From Intel for Mac” という記事 (*1) を出した。(当時は全文読んだと思うが、いまは Subscriber Only となっている。)

これに僕は自分の判断を Facebook に「さすがにそれは無茶」と書いた。以下、そのときの連投をまとめておく。

*1 https://www.bloomberg.com/news/articles/2012-11-05/apple-said-to-be-exploring-switch-from-intel-chips-for-the-mac

自分の Facebook への反応

2012-11-6 13:24 posted; https://www.facebook.com/yutaka.yasuda/posts/411150432291403

さすがにそれは無茶、、、 いつでも alternative なものを捜してはいるだろうけど、いま(あるいはここ二三年で) Intel から ARM に置き換えるメリットは無いだろうなあ。。。Mac 自体の位置づけを大きく変えるので無い限り。。

彼らが Mac 用のプロセッサとして、Intel のチップを超えるものを開発・製造するのに幾ら掛かるか、、、そしてそれが一体幾つ売れるのかを考えると。。。 OS の CPU 依存性が低いことは MacOS のアドバンテージの一つと思うけれど、独自 CPU を作ることは CPU を選択する自由を失うことになる。。 つまりその時最高の CPU を作れない限り、Intel と戦う価値は無いはず、、、

以上が最初のポスト。これ以降、ざっと上の結論に至った根拠を書いた。以下に抜粋してみる。

まず Mac の立ち位置について。 今後コンシューマ向けの Windows PC 対抗のような意味は(ただですら低いのに)ますます下がるはず。あるのは iOS 開発環境、画像処理などメディア作業の、どちらかというとプロ、ハイエンドアマチュアの方向かなと。コンシューマ向けの用途はオフィス利用を含めて iOS デバイス側でフォローするだろう、と。 そういう状況で果たして ARM に出番はあるか、と。

ここんところ MacBook が「ちょっと小ましなノートパソコン」として使われており、Air は特に「なかなか良いノート」として受け入れられてるような気がする。けど、単純に web 端末、メモ帳として使っているようなユーザの用途は、これからどんどん iOS デバイスに吸い込ませるべきで、Air のそのあたりを尊重してもしょうがない(先がない)。だから Air が ARM だったら電池もって良いかも?とかいったことは多分あまり意味がない。

で、MacPro のようなハイエンド製品の領域で Intel と競争力があるプロセッサは、世界中のどこにもない。となると、

  1. MacPro を捨てて全体を ARM にする。iOS 開発環境はノートか iMac などのローエンドだけ。メディア処理などのハイエンド市場は捨てる。
  2. Air など一部のローエンドだけを ARM にして、MacOS 自体を二つの CPU 並行サポートにする。

の二者択一になると思うのだけれど、それが現行の、

  1. ハイエンド CPU はサーバ市場と Windows PC 市場のなかで自動的に開発されて、普通に手に入れる事が出来る Intel を使う。ローエンドも同じく勝手に開発される CPU を買って使う。

というモデルに対して頑張る価値があるのかと。。。

さて次、Apple が ARM プロセッサで Air のような製品に対して適用できるような高性能品を自製することについて。

僕は Apple が Mac 向け Intel 代替のプロセッサを自製することを仮定して書いているのだけれど、その理由は「そんな ARM 製品は他の誰も作ってくれないから」。やるなら作るしかない。 が、Apple にはそれは無理、と僕は思ってる。

ここで僕はその「無理」さは技術ハードルではなく市場・資金・費用対効果の面であることを書いた

実際 Apple は A6 でとても性能の良い CPU を作ったじゃないの、という話になりそうなんだけれど、残念ながらこの話は、

  1. 他の誰もそんな高性能なプロセッサを作ってくれない
  2. 競合製品との差別化の原資のひとつとしてプロセッサ能力がとても重要である
  3. 自分たちがその製品群のトップベンダーである
  4. 出荷台数がそれに見合う程度のボリュームである(今足りなくても将来そうなる)

ことに支えられているように僕には見える。

特に「3. 自分達がトップベンダー」であることは重要で、「2. CPU能力を競争力の原資である」と考えるなら、どうしても自己開発しなければならない。 競合である Android は Android ベンダー間で低価格競争にさらされており(というかそのように全体が仕組まれており)、結果的に「他社よりもとても高性能な CPU を使う」事に対してジャンプしにくい状況にある(ように見える)。

それに対して Apple はソフトからハード、CPU まで同時に設計して最適化した(上限ギリギリにチューニングした)製品を出せるわけで、これを競争力の原資としないはずがない。そして実際に Apple は Android 群に較べておよそ高性能なプロセッサを常に採用していた。

つまりそのために「市場にない高性能なプロセッサ」を Samsung と連携して作って貰うしかなく、Samsung はもちろんそうやって作ったプロセッサを(多少遅らせるとしても)Apple 以外のところにも売るのだから、最終的に Apple のアドバンテージは(相応に短い)期間限定のものになってしまう。

しかも間の悪い事に、Samsung は Galaxy つまり Android 製品の主要ベンダーの一つであるという。。。競争相手の Galaxy の性能を勝手に上げるために Apple が先行投資する構図はさすがにまずい。

これは Apple がこの製品分野でのトップベンダーであるために起きる事で、パソコンマーケット、つまり Mac ではまったく逆のことがおきていた。Mac は PC 業界の人達のために作られた Intel のハイエンド CPU をただ使えば良かった。競争相手が恩恵を勝手にくれていた。ところがスマートフォン、タブレットの世界では立場が逆転してしまった。

で、CPU は ARM であり、Apple はもともと半導体を(PowerPC のために一部の周辺チップを)自社開発して使っていた経緯もあり、CPU は Samsung に頼らず自己開発し、Samsung との力関係を少し有利にし、また Android ベンダーにそうやって作った CPU を渡さないことで能力的アドバンテージを長持ちさせる方向に進んだ。(PA semi 買収に走った)

というわけで、ARM ベースの CPU を自己開発した目的や動機はこのあたりではないかと僕は思ってる。これは自社の未来を掛けた iOS デバイスのための必死の前進であり、この構図のなかで出てくるのは iOS デバイスのための ARM CPU でしかない。Mac 用に新しい、恐らくは iOS デバイスより高い能力を要求するであろう MacOSX 用に CPU を開発する理由や目的が僕には見つけられない。

ARM 用高性能プロセッサ開発は、まずハイエンドでは不可能で、視野外と思える。ローエンドのノート用では可能性があるだろうが、既に述べた理由でその努力には意味がない。

以上、Apple が Mac 向け Intel 代替プロセッサを自製するのは無理だ、と言う僕の予想の補足、でありました。

ここから、僕はポジティブな線での予想を少し続けた

なお、無理とは思うけれども、せいぜいパッと思いつく範囲でのありそうな筋は、

  1. Mac 用に ARM CPU ハイエンドを開発して、それを少し後に iOS デバイスに適用する

というもの。だから開発投資は無駄にはならない、、と言いたい所なんだけれど、うーん、そういう悠長な話を iOS デバイスでできるとは思えないしなあ。。。

もうひとつ。

  1. ARM 64bit がとても大きな処理能力と、とても優れた電力効率で現れたので、それを Mac Pro の超ハイエンドシステム以外の全ての MacOSX 製品群(Mac, Apple TV etc.)で使うのが最適解となった

場合かなあ。。。僕には分からないのですが、そんなことってあるんですかね?(識者の方・・・)

この後の議論などは省く。また以下の投稿で少し書き足しているが、これも省く。

2012-11-6 20:49 posted; https://www.facebook.com/yutaka.yasuda/posts/287249024720149

2012年当時の自分の思考を読み直して

まず2013年に市場で初めてとなる 64bit ARM CPU を搭載した iPhone 5s が出た。それから 7 年が経った 2020年11月に M1 Mac がローエンド向けに登場した。つまり2012年に話が出てから 8 年経って iPhone / iPad 用 ARM プロセッサの性能が遂に MacBook に追いついた、ということになる。

つまり僕の第一の予想、つまり「ローエンド Mac を ARM に入れ替えることを Apple はしない」は外れたことになる。ただし 8 年後に。

その代わりに「ポジティブな」つまり「Mac の CPU の ARM 化があり得る」方向での予想として書いた「Mac 用の ARM CPU が先、そのあとで iOS デバイスに適用」といったシナリオが 8 年後の状況の予想としては正しかったことになる。つまり M1 は MacBook が先で、翌 2021 年に M1 を搭載した iPad Pro が出た。プロセッサの性能を更に向上させるための領域を iPad でなく Mac に求めた、とも見える状況だ。

そして 2022年12月現在、Mac は Mac Pro を残してすべて ARM になっている。つまり僕が上の投稿で挙げていた第二の予想、ハイエンド側の領域で「その時最高の CPU を作れない限り、Intel と戦う価値は無い」は 10 年経った現在でも正しかったことになる。

この10年で何が起きたか

ただしこの10年前の僕の予測は、一つのことによってもうすぐ否定されることになる。つまり後工程におけるダイ間接続(チップレット化)による大規模プロセッサ開発だ。僕の予測は概ね正しかったが、このブレイクスルーによって寿命を迎えた(迎える)ことになる。

CoWoS というか 2.5D 実装が出てきたのは IEDM 2016 (*3) で、まだ5年ほどしか経っていない。2012年当時は 3D 実装を貫通ビアでやろうとして業界が苦悶していた。2.5D 実装によるチップレット化の流れが見えはじめたのは CES 2019 における AMD のキーノートからで、実際それは 7nm プロセスと合わせて大きな力となったように思う。

M1 プロセッサもはじめからダイを 2 つ対向配置して M1 Max として出すことが確定していた。(Apple は何も言わなかったが、実際にチップを開封してシリコンを見た人がひとつのエッジに Apple が示さなかったスペースがあることを指摘し、実際それは CoWoS で接続するためのものだった。)

つまり 2020 年の M1 は、以下のようなロジックで進められたと思える。

  1. 継続的な性能向上のためにはチップレット化が必要で、
  2. それを前提とする限りローエンドの MacBook 以外の(より高性能な)製品でも使えることがわかり、
  3. そのための設計を Mac 向けに行った後に iPad Pro に搭載する

つまり ARM チップ開発はハイエンド Mac を目指しているはずだ。現在の Mac Pro が ARM 化されていないことは重要ではない。いずれそうなる。

*3. https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/1704/17/news025.html

後工程のインパクト

それにしても 2.5D 実装が出てきてまだ 5, 6 年か。それだけで世界はこんなに変わってしまうのか。

後工程の力によって大規模プロセッサが作れることは、つまり「最高性能のプロセッサ」において、「ローエンド製品と合わせた出荷台数」を実現のための推進力として使えることを意味している。この状況は 2012 年というか、チップレット以前の状況とはまったく違う世界を提示する。

チップレット以前は「最高性能のプロセッサ」は、ただそれだけのために設計・製造しなければならず、多くの人に買って貰えるチップ製造業者のみが強い競争力を持てた。しかしチップレット以後は iPhone / iPad といった大量に出ていくローエンド製品を抱えている Apple のような垂直統合企業が、この領域に踏み込めるようになる、その可能性を強く押し上げたと考えられる。

おわりに

やっぱり自分のその時の予測を書いて残しておくのが良いね。



Yutaka Yasuda

2022.12.11