MicrosoftはSurface Pro XのためにCPUを作ったが、2010年のiPadもそうだった

なぜMicrosoftやAppleがプロセッサを自己設計するか。

2010年1月に最初の iPad が発表された。 その年の5月、僕は mixi 日記に「iPad」と題して、以下のようなこと(抜粋)を書いた。

iPad - 2010年05月08日00:12

ところで一ヶ月くらい前だったか(もっと前?)知人に iPad の何が注目すべきところかと聞かれて僕はプロセッサを挙げたことがある。

今でもこの感覚は変わらず、やはり iPad はプロセッサ以外に特別なことはほとんど何もないように思える。

というか雨後タケノコ式にどんどんと類似品が出て来ているせいでこの感覚が強化されている次第。つまりそれらはCPU/グラフィクス能力が高くない、ということ。

それにしても iPad を eBook リーダにカテゴライズしようとするケースが多くて何とも言えない。全然違う、もっとインタラクションに注力した、データおよびユーザ体験消費メディアだ。Apple はそこに購買者に対するヒキがある間に、そこを最大化して他社との差別化に励むだろう。そのためにプロセッサを自力開発したことは大きな意味がある。

この構図はどうしても僕にあることを思い出させる。80年代後半あたりからの RISC プロセッサ開発競争だ。ワークステーション会社は自社製品の性能を高めるためにCPU開発会社を買収するか、あるいは非常に強く協業した。結果、既成のCPUを買ってそれなりの性能の製品をそれなりの安さで提供していた雨後タケノコなワークステーションベンダーはあっと言う間に市場からはじきだされた。

つまりApple は20年経ってもう一度これをやろうとしているように僕には見える。

80年代後半あたりの RISC war は、CPU、というかコンピュータ・ハードウェアの世界では垂直統合で無ければ競争に勝てない状況があることを明らかにした。 このことを意識して Apple はCPUを自作する方向に舵を切り、2010 年の iPad が最初の製品だったのだ、と僕は考えている。

このことは Google が nexus を出した時にも再現された。つまり Apple は自分たちの UI やアプリが要求する性能を実現するために高性能なプロセッサを作り続けることができたが、低価格路線を指向するように仕組まれた Android 世界では、誰も「余り売れない、高価格の、高性能プロセッサ」を作ってくれなかったからだ。 Google は業を煮やして、つまりソフトウェアとネットワークサービスのプラットフォーム提案だけを行うのでは誰も iPhone / iPad の高性能路線に対抗できず、Android というブランドが単に「安いだけの低性能機」の位置に固定されてしまうことに耐えられず、自ら高性能なマシンを作って出すことになった。 このときも Qualcomm がプロセッサを作った。

実際、Qualcomm も「高性能なプロセッサ」を作りたかったはずだ。ただ、ハンドセットベンダーの誰も(充分なコミットメントとともに)それを言い出すことができず、両者で膠着状態にあったのだろう。 ハードウェアの一番底に居る Qualcomm はそれを作りたい。サービスの一番上に居る Google も作って欲しい。しかし実際に顧客に届くハンドセットを作っているベンダーはそこに踏み切れない。 80 年代後半の RISC war と同じ構図だ。そしてあの時、SGI は MIPS を買った。

Amazon の Kindle が出た時もそうだったが、もうプロセッサやデバイスは、垂直統合の中に入ることでしか、その競争力を維持できない状態にあると思える。

2019/10 に、Microsoft は Surface Pro X に、Qualcommと作った独自CPU「SQ1」を搭載した。この、Microsoft が Qualcomm と協業して自分たちの製品のためにプロセッサを設計する、というのはだからよく分かる。 いま、垂直統合による競争力が持てる企業は世界でも数少ない。それがMicrosoft の強みだ。 いま、Microsoftのこのアクションが「大した価値がない」と思う人が居るかもしれないが、それは僕が2010年にiPadが出た時に、最大の注目点はそのCPUだ、と言った時の周囲の反応と同じ感覚と思える。あれから10年近く経った。つまりこれから5年後には、Microsoftがプロセッサを自作した価値、その判断について結論が出ているだろう。



Yutaka Yasuda

2019.10.03