開発の傾向

情報産業分野でのものごとの進み方は余りにも速い。

情報産業は余りにも変化の激しい時代を迎えている。計算機科学はどれほどそれが激しく進歩しようとも問題はそれほど無いが、産業には設備投資や広報、投資回収などのライフサイクルがある。『変化のなかで』に示したように、産業の構造に進歩の速度が合わない場合、産業そのものが利用者から消費されるように捨てられていく。
ポケットベル会社は破綻したが、それよりよほど激しい変化にずっと以前からさらされている情報産業は、どうやってこの変化に対応しているのだろう。

計算機の世界では、ソフトウェアの入れ換えによって新しい要求に柔軟に応えていける。これが変化に対応するための最大の鍵ではないかと思う。具体的には階層的なソフトウェア構造と開かれた呼び出しインタフェイスの組み合わせなどがそれにあたる。
ただし、柔軟さを重視する余り、新しさへのチャレンジ、例えば新しいOS、新しいアーキテクチャの開発は全般に低調になったと個人的には思う。(研究分野はさておき、市場に現れる製品を見ている限り、である。例えば『BeOS もっとがんばれ』)
つまり現在の計算機はその技術階層のより上層の、非常に入れ換えやすい部分に開発の視点が向いているように思えるのだ。下層の、より開発に時間がかかり、より入れ換えるのが困難な部分へのチャレンジが敬遠されているような気がする。

たとえば何年も掛けて次世代の基盤となるべき技術を育て、利用者も保守的にならずに優位さを認めてそれを購入する、という方向ではなく、利用者がその時望む方向に、少しずつ短期的に(近視眼的に)技術が進歩していく、というスタイルが主流になっているように思う。利用者の変化に小さなステップで追随していると考えても良い。

最近注目を集める何かは、製品でもOSでもアプリケーションソフトウェアでさえもなく、更に上層の「サービス」であることが多い。激しく進歩を繰り返すネットワーク世界では、誰もWWWと電子メイル以外のアプリケーションを開発せず、多くその上で機能するサービスを提供することに集中しているようだ。(『WWWと電子メイル』も参照)これらサービスは短期間で作成でき、利用者が減った時点でさっさと捨てても損害は少ない。余りに激しく変化する状況に追随するためにはこうするしかなかったのだろうか?

利用者側は全体としては世界を変えるようなアイディアを持たないから、このままでは革新的な技術が登場する事を余り望めなくなってしまう。この方向性は全体のあゆみを止めてしまうかもしれない。よく考えなければいけない時が来ているのではないだろうか。

ちなみに上に示したサービスというようなレベルにある製品のことを、広義のアプリケーションと考えてもいいと思う。インフォウェア、サービスウェアなどという名前で区別して呼ばれるようになるかも知れない。まあ呼び名は重要ではない。そういったジャンルのものが世の中で流行る事自体を否定するわけでもない。
僕はただ計算機に必要な本質的な進歩が滞るような事がないようにと思うだけなのだ。



Yutaka Yasuda

1999.09.09