Cinema Review

モールス

Also Known as:Let Me In

監督:マット・リーヴス
出演:クロエ・グレース・モレッツ、コディ・スミット=マクフィー

学校でも家でも息苦しい毎日を過ごす12歳の少年の前に、不可思議な同年代の少女が引っ越してくる。同時に、その小さな田舎町で猟奇的な事件が起こり始める。

予備知識無しで見た。それも劇場ではなくコンピュータのディスプレイで、布団の中で。
良く無い。
余りに衝撃が強すぎる。
最初の殺人まではいい。その後、少女が男を襲う場面が怖すぎる。
そして何も知らなかったものだから、これがバンパイア映画だとかなり経って判明した。

監督は本作の二年前に『クローバーフィールド』を撮っている。映画自体はチャチかったが映像や、一部の味付けはそれなりに引かれるものがあった。(このレビューを書き終えてから自分が2009年に書いた『クローバーフィールド』のレビューを読み返してみたが、当時の僕の印象はどうやら正しかったようだ。)
例えば最初の血抜き場面では揺れる男に手をそっと添えて揺れないように止める、といった描写で、そいつがこの作業に慣れていることを表現している。これをあざとい、と見るか、控えめで良いと思うかは何とも言えないが、僕にはちゃんと機能した。「絵で伝える」ことが出来ている、と思う。

また激しいところは激しく、怖いところは怖く、見せるところは見せていて、そのあたりのメリハリもちゃんとしていて良い。見ていて緊張が切れない。物語であるがエンタテインメントでもあるのだから。12歳前後の無力感や閉塞感もうまく描き出され、少年が少女に引き寄せられていく過程を支えている。物語はホラーシーンと日常的な場面を往復して進んでいくが、それは少年と少女の二重生活にも重なっており、最後のプールのシーンで遂に両者は結合する。

この実に純真な少年の、そのイノセンスがこの作品を支えている。これが12歳でなく15歳では違ったものになったろう。冬の、雪で真っ白な場面と、そこにある冷たく、清冽な映画全体の雰囲気とこのイノセンスがよく合致する。最後に、彼女と共に生きていこうと決めた少年は、全く純真なのだ。電車の背景に流れる雪の世界と同じく、真っ白なのだ。たとえそれが真っ赤な血にまみれる日々へ向かっているとしても、少女と数十年過ごした男が抱えていたであろう、ドロドロとした黒い精神世界への墜落であったとしても、少年の気持ちは真っ白に純真なのだ。
こうした二面性を軸に映画は進む。少年の運命が少女のそれと重なりそうになったり、免れたり。フラフラとそれを往復することが僕にはとても良かった。僕は歪んでいるだろうか。

ところで何故時代を 1980 年代にもってきたのだろう。今の僕らの生活はもっと情報化されており、吸血鬼伝説などには合わないのだろうか。あるいはこの映画を支えているイノセンスをそのまま描くことが出来ないのだろうか。

もう一つ、邦題を意外にうまく付けたように思える。原題「Let Me In」は、劇中では部屋を訪ねるときの(普通の)フレーズとして使われる。部屋に入ることで少年と少女の距離は近づく。しかし最後には彼女はトランクの中に入る。その時この言葉は(実際そのように言う場面は無いが)少年と少女を引き離す意味で使われる。彼女はトランクに入るが、しかし少年はトランクの外にいるのだ。同じ言葉だが、途中までは幸せな意味を帯び、最後に悲しいフレーズへと変わってしまう。
邦題であるモールス符合は、劇中では壁越しに二人が対話するために登場する。モールスによって二人の距離は縮まるのだ。しかし最後には彼女はトランクの中に入る。モールス符号はトランクの中と外で会話するために使われる。途中まではモールス符号は二人が近づく象徴であったのに、最後に悲しい断絶の象徴へと変わってしまう。

ここしばらくで見た作品では一番かもしれない。

Report: Yutaka Yasuda (2013.02.17)


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