Cinema Review

遊星からの物体 X

Also Known as:The Thing

監督:ジョン・カーペンター
出演:カート・ラッセル
音楽:エンニオ・モリコーネ

南極観測基地に迷い込んできた犬が突然謎の生物に変化し、隊員を襲いはじめた。磁気嵐で無線も使えず、孤立した隊員たちは互いを疑いはじめる。

カーペンターの最高傑作と信じて疑わない。全く素晴らしい作品だと思う。

何かというと、顔が逆立ちしてシャカシャカ歩くところとか、ビュルビュルと触手が走るような、ショック・シーンが取り上げられる。もちろんそれが印象に残ることは確かだが、この映画はそれだけじゃない。不条理とも言える極限状態の中に、突然投げ込まれた人間たちの心理状態を描いた、良くできたサスペンスでもあるのだ。この両者の均衡が良い。どちらかに過不足があれば、全体として失速したに違いないし、これほど多くの人の記憶には残らなかっただろう。

ショッキングなシーンがほぼ全くない『ニューヨーク1997』が良い作品であることからわかるように、カーペンターは単なるホラー屋ではなく、むしろ非常に優れた映画作家であることに間違いはないと思う。
ただ彼はどうも趣味に走るところがあるようで、そのせいか僕はどうも B 級の臭いをカーペンターに感じてしまって、そこが気に入っている。例えば僕の好きなデビッド・クローネンバーグ監督などは全くその手の人だ。僕を含めてファンは、次作が傑作であることを常に期待し、たとえそれが駄作であったとしても「しゃあないなあ」と受け入れて再びその次作に期待している。カーペンターのファンもそうなのだろうか?カーペンターのファンと思われる漫画家、あさりよしとおなどがこの辺りの心理をどこかに書いていないかな。

それほど好きでもないカーペンターを、それでも僕がつい気にしてしまうのは、やはりその映像感覚だと思う。冒頭、真っ白な雪原を走る犬をヘリコプターが追うシーンは、何故か僕に『シャイニング』を思い出させ、一気に物語の渦へと引き込んでくれる。何度見てもいいシーンだ。そしてその犬の(あの有名な)「爆発」シーンで、今度はドギモを抜いてくれると言うわけだ。

磁気嵐の中の南極基地という隔離された環境で、未知の宇宙生物の脅威から極限状態に追い込まれる人間たちのドラマと言えば『エイリアン』がある。そう、この作品でも脅威となるのは宇宙からやってきた未知の生物なのだ。

そもそもオープニングに空飛ぶ円盤が出てくるんだから、これは言うまでもないことのはずなのだ。しかし僕と、一緒にビデオを見た映画ファンの二人とも、何故かこれをすっかり忘れていた。物語の途中で、主演のカート・ラッセルは墜落した円盤の遺跡?を見に行き、その上に降り立ちさえするのだが、これも忘れていた。このレビューを読む人にも、少なからず同様の人がいるのではないだろうか。
見終ってから、この宇宙人と円盤のシーンは、むしろ無い方が良かったのではないだろうかと思った。説明的であるし、添えもの的ですらある。そんな説明が全く不要なほど、未知の生命体による恐怖は画面に満ち満ちている。傑作だ。

Internet Movie Database を調べてちょっと驚いた。音楽はエンニオ・モリコーネ、特殊メイクはロブ・ボーティン、撮影はディーン・カンディ、脚本がビル・ランカスター+ジョン・W・キャンベル Jr (?) と、どれも多く良い作品を手掛けているスタッフばかりだ。作品全体の出来の良さは、この辺りによる部分ももちろんあるのだろう。きっとキャストも優秀な人が多いのだろうが、僕はカート・ラッセル以外、知らない人ばかりだった。彼にしても当時それほど大物というわけでもなく、このアンバランスがちょっと面白い。

Report: Yutaka Yasuda (1998.01.02)


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