Comic Review

シリーズ 恐怖の双一 棺桶

作者:伊藤 潤二

不気味な小学生、双一。彼は呪術を使える、かどうかは分からない。彼は人間が嫌い、かどうかは分からない。彼は実は良い奴、かどうかは分からない。伊藤潤二が描く、小学校の曖昧な毎日。一番分からないのは今日は何が起こるのか、という事である。

はじめに「ホラー漫画家」伊藤潤二が存在する。
『双一少年』シリーズは、伊藤作品の中で僕が最も嫌悪するものであった。伊藤作品に「美しい人物」と「ゾッとする話」だけを要求していた僕にとって、「下品な面構え」に「中途半端な物語」でしかない双一少年シリーズは読み物として対象外ですらあった。しかし今回僕は禁忌を破ってこの『シリーズ 恐怖の双一』を手に取ってみる事にした。ヒマだったのだ。

「やられた!」と言うのが正直な感想である。まさかこんなに面白いとは思わなかった。「おばあちゃんが好きだった」エピソードや「女の子にラブレターを書いた」エピソードなど、これまで多少センチメンタルな部分も描かれた事のある双一だったが、そんな彼の感性がこの作品の中で見事に爆発しているのだ。上手い!伊藤潤二!
「双一」を思いきりコメディタッチに描写する事で、彼をより「読者が親しみやすいキャラ」に変化させ、また「悪戯っ子の学園モノ」といったつまらないジャンルを、一般に子供が併せ持つ矛盾した性格、「無敵の怪奇」と「愛敬ある無邪気」の二つを脅威なほど肥大させた人格の持ち主である「双一」の放つ存在感で徹底的に料理している。
そう、これは、今まで読者の予想など追いつけもしない想像力でクオリティの高さを誇ってきた伊藤潤二自身が「こんなのどうですかァ?」と読者サービスを延々やってくれている作品だったのだ。無理にホラー漫画ととらえる必要など無く、ただ素直に笑えば良かったのである。
この作品における笑いの対象はほとんど呪い少年「双一」の失策に向けられているが、その失策はいわば「呪咀返し」「因果応報」的に彼にもたらされる場合が多く、つまり誰にも変に同情する事なく笑う事が可能となる。「誰も傷つけない優しい笑い」というユーモア感覚だけ見ればそれは手塚治虫のようである。そこをダークな発言・アクションや不気味なキャラクター等でトッピングし、繊細なタッチが生む「地獄一歩手前」の世界観で包み込んでいるのが伊藤潤二なのだ。可愛い双一への極端な感情移入を許さぬよう「双一の呪い」による被害者もしっかり存在させて双一の危険性を前面に表す事を怠ってはいないし、「大工の互須」や「双一のクモ男」など不気味かつ無意味な伊藤ワールドの住人達の登場は読む者を刺激して飽きさせない。おなじみ伊藤節も炸裂しており、双一が唱える「死者再生の呪文」や、92〜93ページのテンポの良さ等が印象的である。
さらに、とことん安心して笑う事が出来る環境を読者に提供するために伊藤潤二はこの作品においては過剰なまでエンターテイナーに徹してくれている。なんと第4話『噂』には、あのスーパーモデル「淵さん」が登場しているのだ!「双一VS淵さん」、この史上稀なる好カードは伊藤潤二ファンなら誰もが狂喜したに違いないと思われる。

伊藤潤二がギャグ漫画を描いたらどうなるのか、結果 作者の遊び心満載の、その上ファンを裏切らない高品質ですごく恐ろしい一大エンターテインメントが完成してしまったのだ。

Report: Takahiro Koga (1997.08.29)


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