Cinema Review

さらば、わが愛

Also Known as:覇王別姫

監督:チェン・カイコー
出演:レスリー・チャンコン・リー

1925年中国、9歳の小豆子が娼婦の母親に連れられて京劇の養成所へやってきた。日々の生活に苦しみこのままでは母子共々心中しなければならないと感じた母親が我が子を身売りした訳である。しかし6本の指をもつ小豆子は役にたたない、使い物にならないと一旦入所を拒否される。思い立った母親は彼の手を鉈で切り落としこれでどうかと師匠に懇願する。そして彼の修行の日々が始まった。彼は女っぽい容姿から他の仲間からからかわれるというみじめな境遇にあう。しかし、彼をいつも守りかばってくれる男がいた。小石頭である。ふたりはまるで兄弟の様にしたいあう仲になっていく。やがて成長し彼等は「京劇」のトップスターの座につく。女形(旦)として小豆子は程蝶衣という名で片や小石頭は男役(生)として段小婁という名でデビューする。

彼等の得意演目は『覇王別姫』、段小婁が項羽の役を程蝶衣が虞姫を演じると観客から拍手喝采あびた。段小婁に恋心を抱いていた程蝶衣は次第に「京劇」と実生活の区別がつかなくなる。彼の気持とはうらはらに段小婁は娼婦の菊仙と結婚する。2度と共演はしないと捨て台詞を吐いた程蝶衣は一旦彼の元を去るが再び彼の元に戻ってくる。
1943年、日本と中国の戦争が激しくなり抗日運動は演劇界にも及んだ。そんな折、段小婁は日本兵に連行されてしまう。小婁をどうしても救いたい菊仙は蝶衣にある相談をもちかけた。「日本軍士官の前で歌ってほしい。そうすれば小婁を釈放してもらえる。貴方が歌ってくれるなら私は娼婦に戻り二度と小婁とは会わない」と。約束をした蝶衣は日本軍人青木の前で歌う。そして小婁を釈放してもらう。しかし、釈放してもらったはずの小婁の目に蝶衣は「日本軍に協力した売国奴」としか映らなかった。侮蔑の視線を送られる蝶衣を横目に菊仙は小婁の肩を抱き去ってしまう。彼は菊仙から完全に裏切られたのだ。彼が頼るものはもうアヘンしかなかった。どんどんアヘンにはまり苦しんでゆく。
時代は変り戦争は終わったが国民党の時代、京劇は受け入れてもらえず弾圧を受けた。菊仙はその騒ぎの中で流産する。小婁も売国奴として逮捕。共産党時代から文化大革命へ激動の時代が続き、そのなかで彼等は苦しむ。紅衛兵の詰問の中で小婁は蝶衣を告発、蝶衣は菊仙が娼婦であったことを暴露、そして(菊仙を想ってか)小婁は菊仙に「彼女を愛していない。」と叫ぶ。ここから自分を擁する為に三人の裏切りあい、ののしりあいが始まる。そして菊仙の自殺・・・しかし彼等をこうさせたのは誰でもない周りの人民であった。三人はまぎれもなく周りの非知識人、非文化人達に踊らされていたのである。
1977年、程蝶衣は久々に段小婁と得意演目『覇王別姫』を演じる事にした。そこで異変が起きた。ラストシーンに入った虞姫は覇王に気付かれないように、剣を自分の頚に本当に刺してしまう。段小婁の目の前で段蝶衣は命を果て「京劇」と共に心中してしまったのだ。
この映画を敢えて二つに分けるとするならば、前編は小豆子と小石頭の幼少時代、後編は彼等が修行を終え程蝶衣と段小婁としてデビューして以降の(菊仙を交えた)愛の物語と言えるだろう。まずは、小豆子と小石頭の幼少時代をみていくことにする。
小豆子と小石頭の辛く苦しい幼少時代を見ていると思わず中国の伝統芸能「京劇」と日本の伝統芸能「歌舞伎」の世界を重ね合せたくなるが、この二つの世界は一色多に出来ないもの、もっとはっきり言うと全く対極にあるものだということが次第にわかってくる。
「能」や「狂言」の世界にも当てはまる事だが「歌舞伎」は元来、世襲で成り立った世界である。歌舞伎の名門に男として生まれたらいやおうなく芸事を叩き込まれ、不幸にもその子供は生まれながらにして自分と親との関係つまり親子関係がそのまま師弟関係になってしまうという締め付けに追いやられてしまうのだ。もっとも歌舞伎の世襲性はただその子が歌舞伎界に残ればそれでいいというだけではなく親の位までをも世襲させられてしまうから、それを悲劇ととらえるか幸運と捉えるかは親の位によっても又違ってくるかもしれない。ただ、それは極めて不条理で非民主的なシステムとも呼べるのではないかと私は思う。幾ら本人に実力があったとしても認められない世界、もっと言えば最初から同じ舞台に上がらせてはもらえない不平等が平然となりたってしまう、そんな親の位がそのまま子に引き継がれてしまう不平等な世界が歌舞伎界なのである。
一方「京劇」はというと親のいない孤児や捨て子、そして小豆子の様に親が余りにも貧しく我が子を育てきれなくなり売られた子供達が京劇養成所に集められひしめきあっている。(貧しい家に生まれた子供や捨て子は否応無く男だと京劇、女だと遊廓というグロテスクな世界に投げ込まれてしまう。それは中国の悲劇を引きずっているように私は感じる。)こうなってくると家柄もなにも関係なくなってしまう訳だが、彼等はそんな次元よりもっとシリアスに物事を考えている。彼等は食いっぱぐれないようにただ明日の糧の為にその極めて陰惨なる拷問や体罰に耐えなければならないのだ。
一般人には絶対耐えれないだろうと思われるあの拷問や体罰に耐えそれでも「京劇」の世界へ残ろうという意志はどこから来るものだろうか?一つに挙げられるは、彼等に残された道は一つしかなく、逃げ場が無いという事ではないだろうか。生かすも殺すも師匠の手にかかっている、逃げれば「死」しか残ってはいない、そんな極限状態に追いやられ常に死と向き合っている者にとっては残された道が一つしかなければその道を歩くしかないではないかという選択余地の無さなが彼等をこの世界から逃がさないのだろうと思う。もう一つ挙げるとするならば「京劇」が「歌舞伎」とは違い、生まれや家柄に関係無く自分自身の実力によって認めてもらえる世界であるという事だろう。「京劇」という世界はいってみれば極めて民主的なシステムで成り立っているのだ。(民主主義であるはずの日本の伝統芸能「歌舞伎」が世襲という実に不条理な非民主的システムで成り立っている一方で社会主義であるはずの中国の伝統芸能「京劇」が生まれや家柄に関係なく実力で這い上がれる民主的システムで成り立っている実に皮肉な図式がここにはある。)それが彼等にとっては唯一救いだったのかもしれない。「京劇」役者もメインになり有名人ともなれば時代によっては中国の英雄的存在にもなれたし、崇拝される存在にもなれた。(もっとも動乱の激しい中国であるが故に時代が変り政治や思想が変れば、卑下される職種にもなってしまった。こういう水ものはやはり安定できない職種のだろうか?もっとも水ものといった次元で語ってはいけない気もするが・・・)自分の才能次第で生まれ育ちは関係無くアメリカンドリームならぬチャイナドリームが手にいれられたのだ。彼等にとっての「京劇」の魅力はそこにあると思う。だからこそ一般人には絶対耐え切れないようなあの厳しい訓練に耐えれたのである。
小豆子が友人と共に京劇養成所から逃げ出すシーンがそれを実に象徴しているのではないだろうか?小豆子は一旦はその余りの苦しさに養成所を飛び出してしまうが、途中で舞台『覇王別姫』を鑑賞し感動し、師匠からの体罰が待ち受けている事を知りながらも再び京劇養成所に戻るのだ。「自分にはこれしかないのだ」と「やはり京劇役者になりたい」とその時小豆子は悟ったのである。小豆子には「京劇」しか道は残されていなかったし又「京劇」に心を打たれ、憧れた。そして皮肉にもこの物語の悲劇は小豆子が「京劇」一色の生活を送ったことから展開するのである。
小豆子は幸運にも、女役(=「京劇」では「旦」と云う)のトップの座を射止めるができ程蝶衣という名でデビューする。そしてただ一人あのつらい幼少時代から自分をかばってくれた兄貴的存在、段小婁(=小石頭)に友情以上の愛を求める。だが段小婁への屈折した愛のすべての原因は小豆子を捨てた母親にあったのではないだろうかと私は思う。娼婦であった小豆子の母親は女手ひとつで子供を育て上げてきた。しかし、生活が苦しくなりこのままでは母子共々心中せざるを得ないという悲惨な状況においやられ、泣く泣く京劇養成所へ子供を残してゆくのだ。つまり身売りである。(映画を見ている限りでは冷酷な母親像が浮かび上がってしまうが、原作の方では彼の母親はもっと温かい子供思いの母親で、泣く泣く子供を渡したといった印象を受けた。)しかしながら、ここで再び問題が起きる。小豆子は指が6本ある奇形児だったのだ。6本では使いものにならないと師匠から断わられ困った母親はその場で子供の指を鉈で切り落とす。(この切り落とすという行為は直接、去勢という行為のイメージに繋がりそれは女形=旦のイメージにまで発展する。そしてその旦のイメージは舞台だけでは抜け切れず彼自身にしみこんでしまうことにもなる。)ここでは冷酷な母親像が浮かび上がるが幼い小豆子は憎悪以上に母親を愛していた事が原作を読んでいるとわかる。幼き子が頼るものは母親しかないのである。指を切り落とされながらも母を待ち続けたのである。憎むべき存在でありながらもすがりたい存在、彼にとっての母親像はそういうものだった。彼の屈折した愛はそこから始まる。いくら待っても母親は帰ってくることはないのだと悟った小豆子はしだいに唯一自分をかばってくれる少年、小石頭を母親を見るようなまなざしで見つめてしまうようになる。(もっとも兄さんと呼んでいるからには兄弟関係といったほうが適切なのかもしれないが・・・)しかし当り前の事だが、小豆子と小石頭は本当の母子関係ではない。他人である。そこから小豆子の二重の愛の起き違えが生じ始める。本当の母子関係でなく他人だったことから小豆子は小石頭を疑似的恋愛対象に置いてしまったのだ。これが第一の愛の履き違えである。そして第二の愛の履き違えは「京劇」という舞台上で彼等が疑似的恋愛をしてしまった事である。はからずも彼等はトップスターの座につき片や小豆子(=以下程蝶衣)は旦(=女形)片や小石頭(=以下段小婁)は生(=男役)についてしまった。そして『覇王別姫』の中で彼等は項羽と虞姫のになりかわり何百度も公演を繰り返した仲なのである。この疑似的恋愛に(第一の愛の履き違えである)疑似的恋愛感情が混ざってしまっても無理はない。二重の愛の置き違え、それが彼の悲劇の原点になっているのだ。当然の事ながら「京劇」と実生活をはっきり区別している段小婁と「京劇」と実生活の区別がつかなくなってしまっている程蝶衣との距離は遠のいていき、二人の思考のずれがいつしか歪を生じ始める。それが明確になったのは菊仙の出現だ。二人のアンバランスな関係は彼女の出現によって脆くも崩れさることになる。
菊仙の出現によって彼等の人生はがらりと変った。色々なテクニックを駆使して彼女は二人の中を引き裂く存在になってゆく。程蝶衣と菊仙の関係、それは明かに段小婁を巡る上でのライバル関係であった。しかし、それだけだろうか?私は菊仙を見ていると幼き頃自分を捨てていった小豆子の母親の姿を重ねずにはいられない。どうしてもあの母親の影が彼女には付きまとうのだ。娼婦であった母親、そして娼婦である菊仙、この二人には同じ匂いがつきまとう。そのずるさも要領の良さもそして包むような温かさも・・・。自分を捨て指を切られた恨み辛み、それでもすがりたかった、そばにいてほしかった母への深い愛情が交錯しているそんな程蝶衣の母親への想いや感情が菊仙へそのまま表われていたように思う。段小婁を救うために日本軍の前で歌った蝶衣の一件、その裏切りに対する憎しみは母によって指を切り落とされた時のものに似ている。しかし、そんな菊仙でも何故かしら母なる温かさをところどころに示すのだ。アヘン中毒に苛まれ発作にくるしむ蝶衣が思わず、菊仙に「お母さん」とすがりついた気持がよくわかる。現実と幻想の境がなくなっている蝶衣の目に映ったもの、それは菊仙であることを知りつつもそこに母の面影を見ていたのだ。ラストシーンで段小婁が程蝶衣の罪を告発し始めると止めに入る菊仙、それは母が我が子を保護し包容しているようにも見えた。(にも関わらず、ここで再び悲劇が起こってしまう。段小婁に告発された程蝶衣は行き場を失って、今度は菊仙が娼婦だったことを暴露しだす。しかも段小婁から「彼女を愛していなかった」と言われ悲しみのあまり菊仙は自殺する。悲劇のヒロインは程蝶衣ではなく菊仙だと思うのだが・・・)菊仙と程蝶衣の関係は恋敵でありながらも母子関係でありしかももっと複雑なる展開をみせていたのだ。
京劇一色の生活を送り最後まで京劇の中でしか自分のアイデンティティーを見い出せなかった程蝶衣は結局京劇と心中してしまう。「京劇」と実生活に境がなくなった事をはっきり形として示した
図がラストシーンにあらわれているのだろうが、どうしても気になる事があった。それは何故あの動乱の中、辛い時期はいくらでもあったはずなのにその時、彼は死にはしなかったのだろうか、という疑問である。文化大革命が終わり世代交代が始まり「京劇」は今まで持っていた力をなくしてしまった。京劇が糾弾されようと弾圧されようとそれはそれで「京劇」自体に価値が重かったから起こったことでありもうその力をなくしてしまった京劇に彼等は執着しなくなったのかもしれない。そして彼等は過去をひたすら回想するのだ。あの第一線で活躍していた頃を。自分達の時代が終わったのだと悟ったのかもしれない。そうなった時、京劇しか知らず、京劇にしか生きる術を見い出せなかった、そして自分の恋愛感情をも京劇の上に重ねてしまった程蝶衣は生きる価値を見い出せず、生きる意味を失ってしまったのだろう。そして言葉通りまさしく劇的な自死・・・。印象的なラストシーンは実に程蝶衣にふさわしい死に方であったように思う。

Report: Yuko Oshima (1997.01.11)


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