Cinema Review

水の中の八月

監督:石井 聰亙
出演:小嶺 麗奈、青木 伸輔、戸田 菜穂

少女は高飛び込みの選手だったが、大会で飛び込みに失敗し生死の境をさまよう。それから少女の言動が少しずつ現実離れして行く。

僕が見た初めての石井監督作品である。S.F. ただし Science Fiction ならぬ Spilitual Fantasy という事だ。確かにファンタジーだと思う。しかし僕は気に入ってしまった。その理由は純粋に映像美に尽きる。綺麗だ。素直にそう思った。僕にカメラを回させてくれるのならストーリーと関係無くこんな映像を撮ってみたいと思ってしまった。

この映画は少女が服のまま水の中に飛び込んでくるショットで突然始まる。余りにも美しい青で始まるのだ。そして石井監督の故郷である福岡を舞台に物語は進んで行く。前半は少女と少年の初恋の物語と言って良い内容なのだが、しかし小嶺麗奈演じる少女の透明感が何より良い。共演の少年はこれまた新人である青木伸輔だが、彼にも透明なイメージを感じる。この映画はまず何よりこのキャスティングで成功したと思ってしまう。

ストーリーは全てを説明し切らずに先に進んで行くタイプのものだ。途中で少年が仏壇から幼い女の子の写真を出すが、彼女が一体誰で、何故死んだのか殆ど説明されない。少年はカナヅチという事になっているのだが、少女が飛び込みで失敗したときに見事に飛び込んで助け出している。少年がカナヅチであると言われている事と幼女とは関わりがあるに違い無いのだが説明されることはなかった。
いずれにしても僕はこの映画のストーリーを無視して映像を見ていた。似たような感じを『ミツバチのささやき』という映画で経験したことが有るが、しかしこの作品を僕は退屈だと思ってしまった。この『水の中の八月』は僕にとってはストーリーの比重が薄く、断片的な映像の集合体と思える。それでもしかし映像の幾つかは鮮烈なイメージを残してくれた。暑い夏の映像の中に水のイメージが常に織り込まれており、涼やかさを超えて一種の冷たささえ感じられる。こういう映像を僕も創り出したいと思う。

小嶺麗奈はこの時14歳なのだが、本当に光っていた。すらりとした細身と長い手足。時に見せる鋭い気の張り。全編を通して明るい画面の中で目だっていた。

「私はあの飛び込みの事故の時もう死んでいて、だから今私の心を体にとどめておく必要がないと思う」と少女は言う。この台詞が何故か僕の心に引っ掛かった。

Report: Yutaka Yasuda (1996.04.05)


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